卒業旅行記00_【王道か北欧か】

修士論文の提出及び発表を終え、あとは卒業旅行を残すのみとなっていた。
俺の研究室には同期が3人いる。上森正樹と辻谷裕だ。

その2人と一緒に卒業旅行に行く予定を立てていた。
もっぱら旅行先は北欧が良い。

2週間も海外へ旅行に行ける機会なんて就職したら、新婚旅行以外ほとんどないだろうからこの際北欧(スウェーデンフィンランドデンマーク)の建築を制覇したいと意気込んでいた。
俺はもともと研究室で北欧の建築家であるアルヴァ・アアルトとグンナール・アスプルンドの研究をしていたから、死ぬまでには実際に見てみたい思っていたのもある。

その意見に、2人も賛成してくれていたから、北欧に行くのは決まったも同然だった。

2月後半のある日、上森から「卒業旅行に行けなくなった」と連絡があった。理由としては金銭面だった。

彼の就職先は初任給12万円のアトリエであったし、学部時にバルセロナ建築研修に行っていたこともあって、親からストップが掛ったのだった。

将来の投資だと思えばなんとかできるのではないかと思わなくもないが、金銭的なことは他人がとやかく言うべきではないので、仕方ない。

ただ、2人で北欧に行くのは心細かった。


そんな時隣の研究室に所属している友弘から、「卒業旅行、一緒に行かない?」と誘われた。

もともと仲も良かったし、人数が多い方が楽しそうだ。

辻谷とも相談し、北里研と東研の5人で卒業旅行に行くことになった。メンバーは北里研究室からは俺と辻谷、東研究室からは友弘と田畑と海だ。

「どこ行こうか?」

一緒に行くことが決まった日、居酒屋の席で友弘が聞いた。

「俺らは北欧行こうと考えてたけど、どう?」

「いいね。行ってみたい」田畑が乗り気だ。

「でも寒いと思うんだよね。まぁそれでも行くけどね」と言った。もう全員の気分は北欧だ。

次の日、北欧に行ったことがある先輩に聞いた。先輩と言っても大学院の時に1年留学して、帰って来てからは同期として接して来ていた人だ。

その先輩かつ同期はとんでもないことを言い出した。

「3月に北欧はきついんじゃない」

「えっ。そうなんですか?」一応敬語だ。

スウェーデンは-10度は当たり前だよ。私も行ったのは、夏だし、冬だと建築見れないかもよ。大雪で冬季休業!!」

これは、、、緊急会議だ。

アスプルンドの名作「森の火葬場」に行けないのであれば、意味がない。甘かった。「森の火葬場が行けないのであれば、違うところのほうが良いのではないか」俺はそう思うようになった。

いつもの居酒屋で友弘が言う。

「この際王道はどう?」


王道とは、卒業旅行で王道の3ヶ国フランス、イタリア、スペインのことだ。

「まぁそれもありかな」と思う。
2週間も行くのだから、3か国を駆け足で回ってもよい。

それでも北欧に行きたいと言う気持ちもある。きっと辻谷も迷っている。王道でも良いような気もする。結論が出ないまま時間だけが経過した。

「多数決取ろう」痺れを切らした海が言う。

【王道か北欧か】どちらが良いと思うか。いよいよ腹を決めた。


エンターテイメント性を考慮して、匿名で居酒屋の席においてあるナプキンに王道・北欧のどちらかを全員が書き、集めて開く。多い方に行く。

結果【王道4票、北欧1票】。王道に決まった。

「おい。みんな王道かよ。俺だけ北欧。」田畑が笑って言う。

予想に反して、俺だけでなく辻谷も「王道」を選んでいた。

寒すぎるのは辛い。