卒業旅行記01_【パリ-金持ちの不幸-】

卒業旅行では、まず成田空港からパリにあるシャルル・ド・ゴール空港への直行便を取ることから始まった。

予定では王道(フランス・イタリア・スペイン)5日づつ合計15日間の旅行にするはずだった。
ただ、シャルル・ド・ゴール空港への直行便を5人分予約した2日後、フランスのパリで大規模なデモ運動が起きた。

「パリは危険だ」と判断せざるを得なかった。一緒に行くメンバーの海くんのご両親から、パリは辞めたほうが良いという話を聞いて、決して無理はしたくない俺たちは、パリの滞在期間を5日から1日に変更した。パリへの直行便をキャンセルするのは面倒だったし、パリ市内の観光スポットに少しでも行きたおきたかったから、シャルル・ド・ゴール空港への到着日と次の日の午前中のみをパリ滞在期間としたのだ。

そして翌日の夕方のバルセロナ行きの航空券を予約した。

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パンパンのリュックサックと大きすぎるキャリケースをもって、5人はフライトの2時間前に成田空港に集合した。

空港内のレストランでみんなでお昼ご飯を食べ、海くんと免税店で1カートンのたばこを購入してから、搭乗手続きを行なった。パリまでは13時間かかる。

海くんは大学の同級生だが、2浪しているから年齢は俺の2つ上だった。
基本的には良いやつだが、なかなかのお金持ちだ。実家は普通のサラリーマンだったが、サラリーマンが成功したタイプという、意外と珍しいタイプのお金持ちだった。

服装もそうだが、キャリーケース1つを見てもお金がかかってそうなおしゃれなタイプで、他の4人は4輪タイプのものに対し、1人だけ2輪のタイプだった。使いやすさというよりはおしゃれを優先したタイプのものだ。きっと高いのだろう。

成田空港で飛行機に乗り、13時間を飛行機の中で過ごす。
パリに着いたのは現地時間の19時。外はすでに真っ暗だった。
しかも空港には、大規模デモの影響が強く、銃を持った警官がたくさんいた。

事前の下調べで、夜は危険ということもあり、外食はせずにとりあえずホテルへと向かった。
空港からホテルの最寄り駅まで電車で行ったが、シャルル・ド・ゴール空港からパリ市内のホテルまでの道中では、停電する区間があった。その区間に差掛かるといきなり電車内の照明が落ち、外の街頭も消えている。俺らビビりすぎの観光客以外の地元民は平然と当たり前の顔をしていた。日本では考えられない。

ホテルに着くと、停電区間という初めての体験。海外の洗礼に外出が面倒になった。ただ何も食べないのは悲しい。仕方なくホテル徒歩5分にあったマクドナルドへ向かった。

電気は付いているし、客も中にいる。
だが、扉には鍵がかかっていて入れない。意味が分からない。

少しイラつきながらも困っていると、店員が中から鍵を開けてくれた。
どうやら大規模デモのため、18時を過ぎると中から鍵をかけることにしていたらしい。マックではチーズバーガーを持ち帰りで購入し、ホテルで夕食を済ませるとすぐに眠ってしまった。これが初ヨーロッパの1日目だ。

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次の日、朝の7時には電車に乗って、初観光に出かけることになっていた。

「パリ」の担当は海くんだ。俺らは旅行で行く主要都市によって別々の幹事を決めている。

俺はバルセロナ。辻谷はマドリード。友弘はミラノとヴェネツィア。田畑はローマとヴェネツィアだった。海くんはパリとイタリア班のサブと決まっていた。

今日の夕方18時には飛行機でバルセロナに向かうから、パリの幹事は1日のみだった。パリでは王道過ぎる観光地のみにすると事前に決めていた。

建築学生であれば、本当はル・コルビジェも少し足を伸ばしてスイスにあるSANAAのラーニングセンターも行かなければ許されないが、観光時間が1日しかないため、それは不可能だった。

初めてのヨーロッパ。久しぶりの海外。切符の買い方にも混乱した。
やっとの思いで凱旋門の最寄り駅までの切符を手に入れ改札内へと向かう。

改札は、なんて言ったらよいのだろう。
日本のディズニーランドの改札みたいに、3つの棒を回転させて通る形式だった。俺は、不安に思いながらも最初に改札をくぐった。

そのとき、「ガッ!!!」という鈍い音と共に、

「えっ」と言う海くんの声が聞こえた。

焦って後ろを振り向くと、海くんのキャリケースの取っ手部分が3本の棒の1本に引っかかっていた。引っかかるというか、棒が取っ手に入り込んでしまっている。

それに比べて他のメンバーは問題なく改札に入れている。

「Why?」海くんは言う。

俺らのキャリケースの車輪は4つあり、水平にして移動できるのだが、お金持ちでおしゃれなの海くんのキャリーケースは2輪のため、どうしても斜めに傾けなければ移動出来ない。そこが盲点だった。

見事に引っかかった。絶対解けない知恵の輪のように。

初のヨーロッパ。初日の朝。早くも問題発生。
もうみんな改札の中に入ってしまっているため誰も助けられない。

「help meー」と海くんは叫ぶ。

俺らは笑いながらも、なんとかして駅員さんを呼ぼうとした。改札の横にあった電話を手にした時、通勤中の女性が海くんの引っかかっている改札に入り、力任せに棒を回して助けてくれたのだった。

その女性は「thank you」と力のない海くんの声が聞こえていたはずだったが、さっさと階段を降り、ホームへと去って行った。

その対応に海くんも笑わずにはいられなかったし、何より顔がホッとしていた。

困ったのが他のメンバーだったら、俺らはもっと早く、丁寧に助けたであろう。

お金持ちの不幸は面白いのだ。